| JCって何? |
| 1949年、明るく豊かな社会の実現を理想とし、次代のリーダーとなる責任感をもって、お互いに切磋琢磨しようという情熱をもった青年有志による東京青年商工会議所(商工会議所法制定にともない青年会議所と改名)設立から、日本の青年会議所(JC)運動は始まりました。共に向上し合って、社会に貢献しようという理念は瞬く間に全国に拡がり、各地に次々と青年会議所が誕生。 1951年には全国的運営の総合調整機関として日本青年会議所(日本JC)が設けられました。 現在、全国に745の青年会議所があり、約54,000人の会員が、JC運動の三つの信条「修練・奉仕・友情」のもと、民主主義を守り、自由経済体制の確立による、よりよい社会づくりをめざして、ボランティアやまちづくりから、行政改革、地方分権などの社会的課題に積極的に取り組んでいます。さらには、国際青年会議所(JCI)のメンバーとして各国の青年会議所と連携し、国境を越える交流や地球環境保全など世界を舞台として、さまざまな活動を展開しています。 |
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| JCの三信条 | |||||||||
1950年5月1日に、現在の日本青年会議所の前身であるJC懇親会の中で、JC運動の行動綱領としてこの三信条が採択された。 この三信条の意は、JC運動とは、若い人々が集まって自己啓発・修練を行なう場であり、培われた力を用いて地域社会にサービス(奉仕)することである。そして、そのトレーニング・サービスを支える力として、会員全員、同志を貫くフレンドシップ(友情)がある。というものです。 |
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| 青年期の的確なトレーニングと実戦経験が優れた人材を育てます。 |
| 青年会議所には、品格ある青年であれば、人権、国境、性別、職業、宗教の別なく、自由な個人の意志によって入会できますが、20歳から40歳までという年齢制限を設けています。これは青年会議所が、青年の真摯な情熱を集結し社会に貢献することを目的に組織された青年のための団体だからです。すべての会員は40歳を超えると現役を退いてOBにならなくてはなりません。この年齢制限は青年会議所最大の特性であり、常に組織を若々しく保ち、果敢な行動力の源泉となっています。各地青年会議所の理事長をはじめ、すべての任期は1年に限られています。青年会議所は、一人ひとりの会員が優れたリーダーシップを持つ社会人となるためのトレーニングを行う団体です。1年ごとにさまざまな役職を経験することで、会員は豊富な実戦経験を積むことができ、自己修練の成果を個々の活動にフィードバックさせていけます。青年会議所におけるさまざまな実践トレーニングを経験した活動分野は広く、OBも含め各界で社会に貢献しています。たとえば政界では120人を超える国会議員をはじめ、知事、市長、地方議員などの人材を輩出、日本のリーダーとして活躍中です。 |
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| JC宣言 | ||||||||||||||
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| 綱 領 |
![]() 社会的、国家的、国際的な責任を自覚し JCの立つべき『立場』を表す 『社会的』三信条には、『個人の修練、社会への奉仕、世界との友情』と社会の文字が出ており、また創立当時の定にも『各青年会議所所属会員をして、その個人的修練、社会への奉仕を促進具現せしめ』とあり、その他、JCの文献には至る所に『社会』『個人的領域』に対する『全体的領域』、平たく言えば『対世間』といった抽象的感覚が濃厚であった。『社会』の問題を振り返ったとき、そこには、はっきりとした『指向目的をかかげた社会』が考えられ、西欧のいわゆるコミュニティに近い概念を持った『社会』を意味するようになった。そして、このような『社会』を追求し、建設する責任を持つものこそJCであるとの議論と決意を示すのが、この最初の字句である。このことは、『社会的』の次に『国家的、国際的』と並列して同次元においていることと、末段に『明るい豊かな社会』と明示していることで明らかである。 『国家的』創立以来の『新しいナショナリズム』の場は、当時の無国籍的言動の横行する中で新たな勇気と感激をもって再確認されている。そして、さらにナショナリズムにして初めてインターショナリストたり得るのであって、無国籍のインターショナリストはあり得ないことを明確に打ち出している。 『国際的』しばしば用いられてきた文字であるが、10年のJC活動を経た後に、日本JCは国際的視野においても国際的理解においても、いささかの卑下する処もなく、その気概と自信を公然と披露し得るようになった。このことは、従来『国際的理解と友誼』と表現されてきたものを『国際的責任』と止揚したことに明らかに伺える。 志を同じうするもの相集い力を合わせ 日本におけるJCのあり方を明示 創立当時は、『祖国復興』という説明を要せずに共鳴感を伴う目標によって、JCにおける思想的統一は比較的容易であった。しかし、戦後15年を経た当時の日本は、社会混迷はあるとしても、少なくとも青年経済人が当初目指した経済的復興は、第一義的な旗手として揚げるほどの魅力を失っていた。しかし、このことはJCが団体としての存在理由を喪失したことを意味しない。むしろ、社会が安定して他の各種団体が親睦団体や慈善団体に堕そうとしている時こそ、JCはその本質的なあり方を解明してJCの方向を誤らすことのないようにせねばならぬ。JCが何よりも先ず『同志的結合体』であることを、この時点において再確認したことは以上のような重大な意義を持っている。 青年としての英知と勇気と情熱をもって JCの行動を示している 『英知、勇気、情熱』この3つのいずれを欠いても、JCの行動はあり得ない。むしろ、いささか巨大になったJCの、あるいはJCマン二世的なことなかれ主義のきれい事に終始している傾向に警鐘をならしていると見てよい。 明るい豊かな社会を築き上げようJCの行動を示している 創立当初の『祖国復興』は、その旗印としての役目を終え、JCは新しい行動目標と思想統一を必要としていた。『明るい豊かな社会』これがJCの行動方向である。 |
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