平成16年、新潟県中越地域では7・13水害、10・23中越地震と災害至上類を見ない同一地域での自然災害が発生し、甚大な被害にみまわれた。県・社会福祉協議会ではそれまで大規模災害でのボランティアに対する初動システムが確立されておらず、被災地域では不安と疲労に加え、ボランティア受け入れという未知の対応に翻弄された。
7・13水害発生後、メディアに取り上げられた被災地では翌日からボランティア団体が押し寄せた。2004年度新潟ブロック協議会はブロック会長がいち早く現地入りし、福井ナホトカ号原油流出事故の時の福井ブロック会長からのアドバイスを受け、三条市・見附市・中ノ島町にボランティアセンター立ち上げ急務を現地理事長とともに訴えた。その後、岐阜のNPO法人Vネットぎふなどのボランティア団体のアドバイスのもとに、ボランテイアセンターが社会福祉協議会を中心に地元NPO団体とJCとの共同で立ち上げられていった。「被災地の復旧・復興をリードするのは、地元の人達だ」とボランティア団体は一応に口をそろえた。被災地を支援する為、新潟ブロック協議会は県内23LOMにボランティア協力と支援物資・機器の提供を呼びかけ、調整役を担った。要請にこたえ近隣LOMはボランティアセンターへ直接応援に入り、すべてのLOMからメンバーがボランティアに参加し、それぞれの役割を果たしていった。
10・23中越地震では、県内全地域で激しい揺れにみまわれた。被害が震源地を中心に広範囲に及んだ事と、類を見ない大きな余震が立て続けに発生していた事から、JCでも水害の時とはまるで違う対応を迫られた。被災地LOMでは、地域との関わり方や行政・社会福祉協議会の取り組み方の違いにより、ボランティアとしての携わり方にも大きな違いが生じた。JCがボランティアセンターの中核を担った地域では、LOM役員・メンバーは自宅・会社をかえりみず、ボランティアセンターでの役割に心血を注ぐことになった。また、消防団や各コミュニティー単位での活動を重んじたLOMでは、あくまでボランティアセンターには活動可能者が個人登録をする形をとった。
新潟ブロック協議会はネットワークを生かし情報・支援要請の発信をした。要請を受けた県内すべてのLOMは、冷静な判断を心がけるとともに、長期化を見据え断続的な支援を続ける為に、物資とともにメンバーへの協力を募った。
県災害救援ボランティア本部では、水害の教訓を生かし長岡市に中越センターを開設した。そこでは2004年度新潟ブロック会長がセンター長として責務を担い、現地での円滑な後方支援に全力を尽くした。
被災地では緊急復旧、復興・被災者の生活再建へと段階的にニーズが変化し、それに伴うボランティアへのニーズも緊急支援から生活再建・新しい価値の創造へと変化した。今後、改めてボランティアに対して認識と理解が必要になってきている。
平成16年は新潟県においてボランティア元年とも称され、中越地震に対する復旧・復興への取り組みが大変注目された。山間地での特異災害であった事とともに、水害での教訓を生かし、県・社会福祉協議会・行政・NPO団体・日赤・JCなどの組織が横のつながりを確立し、自然災害に対する「連携」という第一歩を踏み出したからだ。
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