7・13水害発生後の活動記録

見附青年会議所 インタビュー

直前理事長  山田 淳一 君

 

内容

 

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7・13水害発生

 

 

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避難所でのイニシアティブをとった。

(家族が心配で避難所に行ったときに、たまたまJCメンバーがいて話を聞くと避難所のイニシアティブが取れてなく、行政は何をしているのだろうとの疑問になり、災害本部の行政職員に避難所の不満をぶつけた。その後、職員の対応が改善された。が、その避難所を仕切る人がいなかった為、俺たちがイニシアティブを取ろうと立ち上がった。)

 

 

 

山岸ブロック会長から連絡が入り、「ナホトカ号の原油流出事故のときに被害にあった当事福井JCの方からのアドバイスで、ボランティアセンター立ち上げが必要だ」助言をいただいた。(「ボランティアセンターとは何ぞや」とちんぷんかんぷんだった。)

 

 

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ボランティアセンターを災害発生から2日後に、岐阜のNPO団体からアドバイスを受けながら、社協とJCと行政で立ち上げた。ボランティア本部長は社会福祉協議会、センター長には社協役員、運営は山田直前ならびにJCメンバーと社協職員があたった。

(このNPO団体はボラセンのプロで「この地域の復旧のイニシアティブをとるのはNPOではなく、地元の代表でなければならない。」とアドバイスを受けた。3日後には撤収された。)

JCという立場ではなくあくまで個人としての活動に終始し、スタッフとしてJCメンバーに加わってもらったが、まったくロム活動という感覚はなかった。

 

 

 

ボランティアセンターでは水害の後片付け支援に徹した。

市内から来たボランティアをマッチングなどのスタッフにあてた。

外から来たボランティアには外仕事で汗をかいていただいた。

女性のスタッフも必要だ。

 

 

 

ニーズに応じた活動に徹した。(ごみが大量に出始めたので、JCならばトラックや重機を用意できるメンバーがたくさんいるだろうという事から、皆さんにトラックや重機をお願いしてごみの片付けをやった。)

 

 

 

 

毎日活動後、社協スタッフと人員配置について打ち合わせと、どうニーズにボランティアを回していけばよいか検討していた。

 

 

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見附市ボランティアセンター閉設(社会福祉協議会)

見附市 7月15日 〜 7月21日終了

三条市 7月16日 〜 8月 8日終了

中之島町       〜 8月 1日終了

 

 

 

教訓

□ マスコミ・メディアに取り上げられた地域に特にNPOが押し寄せる。

□ 避難所では住民の不満を行政に伝え、行政がしっかりそれをまとめない限り、イニシアティブが取れない。

□ ボランティアセンターは自分たちの手で作り上げていく。その際にプロのNPO団体からお手伝いいただくならば、どの団体を選ぶかが重要。善意のNPO団体とのタイアップが不可欠。

(NPO団体は災害の翌朝には、全国からボランティアセンター立ち上げに押し寄せる。どこの団体と手を組み、誰がボラセンを運営するかが重要になる。今回見附は岐阜のNPO団体とタイアップし、短期間でボラセン活動を終了することが出来た。)

□ 善意のNPO団体というのは

あまりメディアで報道されてない被災地を選んでくる。

お金を使わない。

活動を長引かせない。

裏方に徹する。

□ JCの強み

人を集める力

ものを集める力

現場での決断力・支持を仰がなくても問題を解決する力

 

 

今後どのような活動をしていく必要があるか

□ 見附での教訓を生かし、社協・JC・住民・行政とで一体となったマニュアルを作りたい。

(先ずは小さな組織から始め、それを膨らませていきたい。問題としてNPO法人はどこと組むか、

誰が中心となって取り組むか、そういった体制が整えば、今年中に見附から発信できるのではないか。)

□ ボランティアセンターを運営するノウハウがまだ無いわけだから、ボランティア要請講座を開催した方が良い。

(上、中、下越単位、エリア単位で誰かがイニシアティブをとる必要がある。)

この先、災害マニュアルが出来上がっていく時、誰が中心となって動いていくのか、それはJCしかない。

(人を集められ、一番動けるのがJCだから。それを上に提言していくのもJCだ。)

□ 全国から支援を受け、被災地として体験を外に伝えていく説明責任がある。

(小千谷がしているような復興活動や、義捐金の使途説明などをホームページで発信するなど)

□ 携帯メーリングリストとは違うが、災害情報を発信する携帯ホームページをアップしても良い。