中越地震発生後の活動記録

             社団法人  小千谷青年会議所 インタビュー

直前理事長  宮崎 悦男

2004年度専務理事  佐藤 竜一

山田 豊

               高橋 重尚 君

               糸井 一紀 君


内容

 

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中越地震発生

 

 

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長岡にいてなんとか小千谷に戻って来た。まず最初にやったことは自分の住んでいる地区の現状把握。翌朝山岸ブロック直前より電話で「様子は」その後小千谷市災害対策本部が立ち上がって、その時に誰がボランティアを立ち上げるかは決まっていなかった。

 

 

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地域の現状を個人的に確認に行きました。その際に、中には震災後から殆ど食事を取っていない方もいる、と言う現状を聞きました。ただ、一部避難所には自衛隊のおにぎりが届いていたようです。

午後にボランティアの詳しい人が何人かきました。誰が持ってきたかは分からないが、アニュアルの紙があったそのなかで、社会福祉協議会会長を本部長に副本部長は地域の団体役員が入るとのことだった。スペシャリストが2名こられアドバイスを頂いた。

 

 

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寺島様がこられました。(水害の時にもこられた方)10月25日にその他のボランティアが入って来た。10月25日の午後よりボランティアセンタ−立ち上げの会議か゛始まった。

JCメンバ−とボランティアの方が10月25日の夜に集まって頂いて、ボランティアセンタ−立ち上げの話し合いをしました。10月25日から投光機と暖かい食べ物の準備を行い、上越JCの支援を受けまして発電機付投光器を25日夜に幾つかの避難所に配分しました。

 

 

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埼玉中央JCが炊き出しを開始してくれました。

 

 

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ボランティアセンタ−が立ち上がりました。ライフラインについては、地域格差もあったのですが、電気は早い地域で3〜4日目に来ました。水道は早くて1週間から10日間で遅くて3〜4週間位できました。山間地では12月に入っても水道が来ていなかった。

 

発生から3〜4週間目頃の動き

初動避難からある程度落ち着き始めた時期であり、避難所の縮小が各地でも行われていた時期でした。震災後の片付け作業、大規模避難所での炊き出し活動、避難勧告地域の方々を対象とした避難所でのケア活動やニーズの拾い出し、と言ったことが活動の中心でした。また、一気に大量の人間が動いたことから出てきた、2次的、3次的な問題、例えばゴミ問題などへの本格的取り組みを開始したのもこの頃です。

     

12月19日に、小千谷市災害ボランティアセンタ−がなくなりました。その後、小千谷市ボランティアセンタ−が社協を中心として立ち上がりました。 そこでは、情報の交換をしました。

ボランティアセンターについて

小千谷市災害ボランティアセンタ−はある意味公的なところで、朝10:00から夕方4:00までで時間が区切られていた。ほとんど全国から来るボランティアはここで登録される。独自に来てボランティア登録をしない方も中にはいた。ボランティアコーディネーターは全て市外の方で、立ち上げ時に地元で参加したのは社協職員とJCだけであった。

地元社協、小千谷JCが中心となる形で、そこに市外の社協・全国のボランティアの方々が加わるという形でボランティアセンターの運営を行いました。主な活動内容としては炊き出しと物資配分でしたが、中山間地を中心に被害を受けた地震と言うこともあり大小の避難所が市内各地に点在し、交通網も情報網も、ハード・ソフト両面での各避難所を繋ぐルートが寸断されていた状態でしたので、情報把握と確認作業と言うものを並行して行いました。遠く離れた避難所の避難者、或いは職員同士で独自に連絡を取り合ってたケースもあり、ある避難所に物資供給や炊き出しに行って別の避難所の情報をそこで得る、と言うこともありました。同じ市内避難所でも、初日から一気に人的支援を投入するということが非常に難しかったため、避難所の存在自体は確認できていても、そう言ったところで初めて状況に関する情報が入る、と言うこともありました。

復興活動について

事業所の救済が始まってから気持ちが落ち込んでいるところで、「団結小千谷」というシ−ルを小千谷青年会議所で行いました。3万枚のぼりが180旗製作した。更に12月には「立ちあがれ!中越」プロジェクトをスタート させ、近隣LOMの協力も得ながら全国規模で活動を展開しています。

ボタンティアの派遣について

ボランティアというのは、一般市民の、生活弱者を中心に支えてきた。これが同じ市民でも事業所や個人商店となると「弱者」とは見なされなくなってしまっていたのです。水害の時もそうでしたがお店として使っている一階がひどい被害を受けているのに、事業所は対象外と言うことでボランティアを派遣できずにいた。しかし、実態はそこで生活している方々が殆どで、一般住宅と何ら変わらないのです。小千谷では、2200社の事業所の内小規模事業所が1500社あってそういったところを手伝わないと復興がありえなと、ここは絶対にやりたいと主張した。

  11月2日に商工会議所と市役所にかけあってなんとか同意を取り付けた。

  その結果、いろいろな事業所のかたに喜んでいただいた。マスコミやメディヤも大きく取り上げてくれた。 

 

教訓

限られた情報の中から、的確な判断をすること。

震災直後は特に物事を虫の目、鳥の目で見て、問題に突き当たった時に解決する、と言ったときに一番大切なのはスピード。100%を求めて行動するのではなく、スピ−ドと的確な判断が求められる。半日遅れるとそれは既に手遅れでアウトになる。

 

課題

近隣のJCとしは、直ぐに助けに来ていただける班があると良い。

情報の一元化は(ブロック通し)は良いが、そこが受け皿になると現場とのタイムラグか発生するどのように改善するかか゛今後の課題。